風情
2009/01/04 22:07
こんばんは。かみゅの石田です。今朝はとってもきれいな空でした(^^)/

かみゅの朝の掃除中に撮りました(笑)

朝は清々しい空でしたが、昼間はぼちぼちでしたね(・・;)
今、NHKで、
「桂離宮」をスペシャル番組で紹介しています。
すごいですね!
名前は聞いたことがあったけど、ここまで詳しくは知らなかったです。
石田、結構、建築とか興味があって、家とか庭とか観るのが好きです。
「桂離宮」・・・
今から約400年も前につくられたなんて(^_^;)
建物・庭・・・すべて計算されたつくりがすごいですね。
四季や建物の風情を楽しめる気持ちの余裕は、持っていたいものです。
Wikipediaより・・・
桂離宮は17世紀に八条宮家(桂宮家)の別荘として造営されたもので、書院、茶屋、回遊式庭園から成る。近世の皇族の別荘の実態を伝えるものとして貴重である。
桂の地は、古くから貴族の別荘地として知られ、平安時代には藤原道長の別荘(当時は「別業」といった)が営まれていたという。また、この地は風流な観月の名所としても知られていた。桂離宮の近くの西京区松室には月読神社があり、桂の地名も中国語の「月桂」の故事から来ているという。
桂離宮は八条宮家初代の智仁(としひと)親王(1579年 - 1629年)によって基礎が築かれた。智仁親王は正親町天皇の皇孫、後陽成天皇の弟に当たる。智仁親王は初め豊臣秀吉の猶子となったが、秀吉に実子が生まれたため、八条宮家(桂宮家)を創設したものである。本邸は京都御所の北側、今出川通りに面して建設され、現存する(ただし築地塀と表門・勅使門だけを残し、建物群は二条城に移築されている)。
桂離宮の書院は「古書院」「中書院」「新御殿」の3つの部分に分かれ、このうち古書院の建設は1615年頃と推定される。書院、茶屋、庭園などの造営は、八条宮家2代の智忠(としただ)親王(1619年 - 1662年)に引き継がれ、数十年間をかけて整備された。八条宮家は常磐井宮、京極宮、桂宮と名前を変えた後、1881年に断絶し、桂離宮は1883年から宮内省の管轄になった。第二次世界大戦後は、宮内庁が管理している。
だそうです。
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